季刊『流域』バックナンバー内容

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No.63 ETE 2008

メナンドロス、断片の愉しみ中務 哲郎
コリマ大学での「集中講義」を終えて市川 慎一
近松家口伝の「門左衛門生涯」後記近松 洋男
ヴィルジル・タナズ新演出の『星の王子さま』三野 博司
〈書物瑣談〉ある「未発表書簡」和田 光治
*田辺保追悼*
塩川徹也:田辺保先生を偲んで
支倉崇晴:ご業績に沿って
三野博司:フランス・スピリチュアリテの源泉へ
—田辺保先生のご業績について

永瀬春男:田辺先生とパスカル
—ひとつの幸福な出会い
小倉博孝:「田辺保」という問
森本英夫:田辺保先生のことども
長谷川富子:田辺保先生と共に
原田武:悲しみという原動力—田辺保さんの思い出

田辺先生を悼んで—「偲ぶ会」報告

田辺保略書誌

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No.62 HIVER 2007/2008

中世末スペイン式幕政と門左衛門の経済策近松 洋男
塩の町 異聞鈴木昭一郎
私の敬愛する岡潔先生池辺 義教
『ブロワのパルトノプー』松原 秀一
「出がらし」教授、スペインで奮闘する
—マドリッド・アウトノマ大学の四十二時間
市川 慎一
作家の耳と手
—吉田城『小説の深層をめぐる旅』
工藤 庸子
木下杢太郎とフランス文化
—フランス渡航以前 南蠻ものから『食後の歌』へ
吉田  城
プルーストと共感覚
—『ジャン・サントゥイユ』から『失われた時』へ
原田  武

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No.61 ETE 2007

*吉田城追懐* 
人は病気とどう向き合うのか
—吉田城さんを偲ぶ—
原田武
吉田城先生に青柳りさ
プルースト研究会と吉田城さんのこと山路龍天
吉田城先生の『草稿研究』をめぐって
—プルースト・テクスト生成研究・精神医学—
中井久夫
吉田城先生とプルースト
—ラスキンと視覚的イメージをめぐって—
和田惠里
吉田城先生とプルースト
—草稿/生成研究—
中野知律
吉田城先生と画家エルスチールのアトリエ
—カイエ34を中心とする創作過程の解明と分析—
加藤靖恵
アルバム 
略年譜 

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No.60 PRINTEMPS 2007

ランボーの「夕べの祈り」中安ちか子
門左衛門と赤穂四十七士討入り近松 洋男
〈ブラッサンス賛〉
「笛吹きの若者」
松島  征
「文芸協会」小考殿原 民部
中世に夢みるということ横山安由美
ことわざの比較文化入門斎藤 広信
フンボルトとメキシコ
—その足跡を現地に追う—
市川 慎一
プレヴェールの『鳥への挨拶』を読む吉本 素子
言語学者泉井久之助先生堀井令以知
編集者への手紙 —第五十九号読後山口 公和

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No.59 AUTOMNE 2006

松平千秋先生の文業中務 哲郎
生き物としての人間と「殺生」について片岡 幸彦
デュ・バック通りのロジェ・グルニエ三野 博司
獨吟「インシャラー」
—モロッコとスペインの旅
松島  征
門左衛門は語学の達人だった近松 洋男
オノレ・ド・バルザックの父中堂 恒朗
不潔と聖性
—聖ブノワ = ジョゼフ・ラーブルのこと
原田  武
マルセル・パニョルの「ユダ」濱崎 史朗
プルーストとヴェネツィアの記憶小黒 昌文

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No.58 ETE 2006

プロヴァンスとパウンド谷口  勇
ウソという鳥中安ちか子
ロジェ・グルニエ再訪
—逸話の達人との三日
三野 博司
ジャック・プルーストの死を悼む
—教授とのふれあい四〇年
市川 慎一
〈ブラッサンス賛〉「セートの浜辺」改訳松島  征
或る零葉殿原 民部
ハビエル逍遥田辺 加恵
シモーヌ・ヴェイユと中世と「距離」横山安由美
ベルクソンの『物質と記憶』をめぐって鳴岩 宗三
画のなかに人が消える話(完)
—ユルスナール、セガレン、ハーンと露伴
山路 龍天

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No.57 HIVER 2005/2006

■フランス中世文学特集■
『薔薇物語』を読んだ人々篠田 勝英
「一本の木の下にあって」(物語の発生)佐佐木茂美
シャンピオン移転松原 秀一
ルナールとイブ原野  昇
百年目のヴィヨン細川 哲士
写学生への信頼瀬戸 直彦
〈座談会〉フランス中世文学と日本
篠田勝英・瀬戸直彦・細川哲士・松原秀一・原野昇 中世文学特集を今 原野 昇

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No.56 ETE 2005

アヴィニョンとペトラルカ谷口  勇
ルイス・ニシザワ画伯との一時間市川 慎一
NEZ AU VENTCinne Tharaud
〈メディア考〉個人情報保護法と匿名社会由良  薫
前川道介編集
木下 康光/歌の力—歌徳説話について
中務 哲郎/ホメロスと内陸アジアの英雄叙事詩
鈴木 潔/軍人王とアカデミー
山本 佳樹/権力の夢、大衆の夢
竹内 節/エゾシカ
山路 龍天/画のなかに人が消える話
宇佐美 斉/フランス語になった中原中也の詩
前川 道介/私のスタンダール
藤縄 千艸/一首
編集後記

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No.55 PRINTEMPS 2005

メディア考:事実の重みと匿名報道由良  薫
フリードリヒ大王とそのアネクドート前川 道介
ブラッサンス賛:幽霊譚松島  征
二〇〇四年夏の旅行記小椋 順子
架橋:ブリューダー通り十三番鈴木  潔
匂いとジェンダー原田  武
レ・ボー = ドゥ = プロヴァンス平山 弓月
ヴェネツイアと死の表象(続き)
 —シャトーブリアン、バレス、プルースト
吉田  城
全集未収録:NEZ AU VENT鈴木信太郎
『流域』バックナンバー内容(七)

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No.54 AUTOMNE 2004

デル・リット先生追悼鈴木昭一郎
無憂殿の雅宴前川 道介
ストラスブール一九六六年宮内 侑子
明大仏文時代の中平先生高田  勇
目白通り(完)—亡き人々へ太田スミ子
メディア考:
 繰り返される不祥事と説明責任
由良  薫
ヴェネツイアと死の表象
 —シャトーブリアン、バレス、プルースト
吉田  城
偉人ホテルより大窪 優子
「カミュ研究」創刊一〇年三野 博司
パリのカフェ文化内村瑠美子
一九六〇年代のカミザール小説濱崎 史朗
失われた時を求めて
 —いま、ここに生きていることの重み
池辺 義教

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No.53 PRINTEMPS 2004

去年の雪 今いずこ原野  昇
『ナジャ』がバカロレア試験に…大窪 優子
ラヴァレ家のジュリアンとマルグリット
 —ある兄妹姦の事件とその余波
原田  武
バルザックへの旅草壁 八郎
元横綱のK-1出場と日本文化品川 芳洋
目白通り(二)—亡き人々へ太田スミ子
ネッケル嬢を育てた人たち中村 加津 
メディア考:視聴率とマスコミの倫理由良  薫
ある日本人妻と娘
—日仏文化交流史上におけるジュ・ブスケ余聞
梅渓  昇
書評:05.12.8『物語のなかの女たち』を読む饗庭千代子

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No.52 AUTOMNE 2002

家族と故郷由良  薫
睡魔のいたずら松原 秀一
目白通り—亡き人々へ太田スミ子
ロジェ・グルニエ会見記三野 博司
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(完)岩本 和子
「シュルレアリスム革命」展大窪 優子
プルーストと他者の遠近法原田  武
小説は書かれ得るか(完)
 —『贋金つくり』と『ナジャ』
三野 博司
   *中平解追悼*
中平解先生没後一年竹田 篤司
中平解さんを偲ぶ松原 秀一
植物狂いの思い出J・ショーレー
中平先生のおもいで中田  平
中平解略年譜

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No.51 RENOUVEAU 2002

北穂小屋と「雲上コンサート」由良  薫
暁と夕べのうた原田 宿命
そのころ鈴木昭一郎
国際学会「モリエールと祝祭」に参加して秋山 伸子
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(十五)岩本 和子
ダンディのアクセサリー
 —手袋と花とモノクル
長谷川富子
ナミュールのネルヴァル・センター小林 宣之
小説は書かれ得るか(承前)
 —『贋金つくり』と『ナジャ』
三野 博司
旧師ジャン・フラピエへの「研究成果報告」
 —『中世フランス文学論集』第一巻の刊行
佐佐木茂美
蕪村の世界—詩と絵—宗像 衣子

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No.50 HIVER 2000—2001

フランス舞踊紀行:
 パリ・十六世紀 ラテン区から
原田 宿命
四半世紀後—レジダンから館長へ篠田 勝英
「マルク・ポスタル」コレクションの記
 —デル・リット夫人旧蔵の古書簡について
鈴木昭一郎
ブラッサンス賛:「幸せな愛はない」松島  征
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(十四)岩本 和子
ピュトビュス男爵夫人の小間使いの謎原田  武
吉田健一の近代岩間 正邦
ポール・テブナン
 —アントナン・アルトーの演劇書簡(完)
坂原 眞里
書評:中世人の感性に触れる手引
 —J・リバール『中世の象徴と文学』
松原 秀一
小説は書かれ得るか(承前)
 —『贋金つくり』と『ナジャ』
三野 博司

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No.49 AUTOMNE 2000

うたわぬ雲雀再び中平  解
ブラッサンス賛:「コン」の歌あれこれ松島  征
スイス・フランスのメディエヴィスト訪問記原野  昇
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(十三)岩本 和子
思ひ出の『マノン・レスコオ』補正山口 公和
ジッドと「プレイアッド叢書」
 —『日記』旧版をめぐって
吉井 亮雄
ジャン・ポーラン
 —アントナン・アルトーの演劇書簡(九)
坂原 眞里
小説は書かれ得るか
 —『贋金つくり』と『ナジャ』
三野 博司
書評:〈プルースト伝〉という冒険中野 知律

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No.48 HIVER 1999—2000

レゼジー探訪—洞窟壁画を見学して高階 早苗
鎮魂の歌中平  解
ブラッサンス賛:セート三訪松島  征
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(十二)岩本 和子
ラシーヌ没後三百周年をめぐって柳  光子
アンドレ・ロラン・ド・ルネヴィル
 —アントナン・アルトーの演劇書簡(八)
坂原 眞里
書簡という快楽
 —『スタンダール書簡集』新版を読む
岡野 叔乃
   *井上究一郎追悼*
弔 辞菅野 昭正
詩人の父・学者の父
 —父の残した日記から
金沢 公子
井上究一郎先生に師事して吉川 一義
忘れえぬページ
 —井上究一郎先生を偲んで
吉田  城
井上究一郎略年譜

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No.47 AUTOMNE 1999

ジュリアン・チュルガンについて小林 宣之
スィドオと志同中平  解
バルザック生誕二百周年
 —コロックに参加して
草壁 八郎
名前のストラテジー(承前)
 —ジャージー島の交霊術
丸岡 高弘
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(十一)岩本 和子
思ひ出の『マノン・レスコオ』
 —その邦訳書の略式書誌
山口 公和
アンドレ・ブルトン
 —アントナン・アルトーの演劇書簡(七)
坂原 眞里
象徴主義小説の夢(完)
 —ジッドとヴァレリーの「現代小説」
三野 博司
最終講義:言いわけと文学(完)F = 坂井 = ブロック
宝塚をめぐる二つのフランス小山 俊輔

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No.46 HIVER 1998/99

鹿踊り(近松拾遺)川俣 晃自
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(十)岩本 和子
名前のストラテジー—期待の地平の
 産物としてのジャージー島の交霊術丸岡 高弘
近くまた沓かなる人(続)中平  解
象徴主義小説の夢(承前)
 —ジッドとヴァレリーの「現代小説」
三野 博司
J — R・ブロックとレモン・ルーロー
 —アントナン・アルトーの演劇書簡(六)
坂原 眞里
二つの『薔薇物語』山本 淳一
最終講義:言いわけと文学(承前)F = 坂井 = ブロック
書評:哲学の今日的な姿を歴史的に浮き彫り
 —F・シャトレ『理性の歴史を語る』
加国 尚志

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No.45 AUTOMNE 1998

迷い多き神秘家の歩んだ道
 —ジュリアン・グリーンの死を悼んで
原田  武
曾我会稽山(近松拾遺)川俣 晃自
書物と禁じられた欲望
 —パリで出会ったファッシズムの影
松尾  剛
『セリーヌ反論』に反論する木下 樹親
ブラッサンス賛:
 寓話作家としてのブラッサンス
松島  征
近くまた沓かなる人中平  解
ピエール・コルネイユの復権(承前)秋山 伸子
象徴主義小説の夢(承前)
 —ジッドとヴァレリーの「現代小説」
三野 博司
ロジェ・ブラン
 —アントナン・アルトーの演劇書簡(五)
坂原 眞里
最終講義:言いわけと文学F = 坂井 = ブロック

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No.44 AUTOMNE 1997

プルースト国際シンポジウムに参加して吉田  城
坂田藤十郎(近松拾遺)川俣 晃自
リヨン市の国際教育横山ひろみ
ブラッサンス賛:
 シャンソン酒場「ブン」のこと
松島  征
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(九)岩本 和子
『今昔物語』の舞台としての京洛街
 —京の闇に跳梁跋扈する魍魅魍魎
高岡 幸一
ピエール・コルネイユの復権秋山 伸子
ジャン = ルイ・バロー
 —アントナン・アルトーの演劇書簡(四)
坂原 眞里
象徴主義小説の夢
 —ジッドとヴァレリーの「現代小説」
三野 博司
フランス文学に現われたチーズ(六)中平  解
残虐・美・マチエール飯田 伸二

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No.43 HIVER 1996/97

クラリー伯爵とミネギシ
 —プルーストの身辺にあった「日本」
原田  武
「相の山」(近松拾遺)川俣 晃自
ブラッサンス賛:浮気のすすめ松島  征
訳者への手紙R・ザッペーリ
生活をともにするコロック
 —一九九六年夏、スリジー = ラ = サルで
吉田  城
吉江喬松先生のこと林  桂子
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(八)岩本 和子
ジュール・ルメートル:
ジョルジュ・サンド『捨て子フランソワ』(承前)
山縣 直子
ヴェルレーヌ没後百年をめぐって岡 由美子
フランス文学に現われたチーズ(五)中平  解
ルナール『ラゴット』の献辞をめぐって—
「藁屋根小屋」から「ラ・グロリエッド」ヘ寺本 威雄

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No.42 ETE 1996

佐藤先生の学問—補遺—その縁にあって佐佐木茂美
スタンダリアーナ:インテルメッツォ岩本 和子
ジュール・ルメートル:
ジョルジュ・サンド『捨て子フランソワ』
山縣 直子
「敵の言語」攻略のストラテジー(承前)
 —アゴタ・クリストフ『悪童日記』三部作
稲垣 直樹
書物瑣談:岩波版「荷風全集」〈新版〉(続)和田 光治
ロジェ・ヴィトラック
 —アントナン・アルトーの演劇書簡(三)
坂原 眞里
フランス文学に現われたチーズ(四)中平  解
「卒業研究」の現状分析
*澤潟久敬追悼
中堀 浩和
澤潟先生を思う藤中 正義
澤潟久敬先生の思い出清水  誠
澤潟先生とフランス哲学中村雄二郎
導きの父、澤潟先生池辺 義教
澤潟久敬先生の思い出三輪  正
澤潟久敬略年譜 付アルバム

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No.41 RENOUVEAU 1996

サド『イタリア紀行』決定版
 —その長短をめぐって
谷口  勇
書物瑣談:岩波版『荷風全集』〈新版〉和田 光治
エーグ = モルトとエーグ = ヴィーヴ
 —モーリス・バレスとアンドレ・ジイド
津川 廣行
アンリ・ベールとその妹ポーリーヌ(七)岩本 和子
ブラッサンス賛:にせもの考松島  征
フランス文学に現われたチーズ(三)中平  解
« commune » をどう訳すか
 —外国人は損か得か
大黒 俊二
「敵の言語」攻略のストラテジー
 —アゴタ・クリストフ『悪童日記』三部作
稲垣 直樹
ジュール・ルナールと日本柏木 隆雄
最終講義:演劇から見た「女性の世紀」
 —十八世紀フランスの喜劇と社会
赤木富美子
『流域』バックナンバー内容(六)

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